ますみたんのプロフィールなんぞを

a0012778_213944.jpgさて、ここらでひとつ、ますみたんのプロフィールをざっとですが、ご紹介いたしたいと思いますです。

橘ますみたん(本名も同じ)は、1945年(昭和20)11月5日生まれ。出身地は大阪府大阪市。6人姉妹の末っ子でした。
1964年、高校を卒業し、同年、CMガールのオーディションを受験したのがきっかけで芸能界入り。
テレビ番組『アベック歌合戦』(読売テレビ。あのトニー谷様が司会の番組です)のアシスタントを経て、1966年に東映入社。テレビ時代劇『銭形平次』『素浪人 月影兵庫』などにゲスト出演した後、1967年、『博奕打ち』で映画デビュー。
1968年、テレビ時代劇『大奥』の第1エピソードでヒロイン・お楽の方を演じ、一躍その名を知られるようになります。
同年、東映が新機軸として打ち出した「異常性愛路線」の主役に抜擢され、『温泉あんま芸者』『徳川女刑罰史』『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』『異常性愛記録 ハレンチ』『徳川いれずみ師 責め地獄』『やくざ刑罰史 私刑(リンチ)!』といった石井輝男監督作品に次々と主演、1969年には日本映画製作者協会新人賞(現・エランドール新人賞)を受賞します。
しかし、1971年の『尼寺博徒』を最後に映画界を去り、OLに転身しました。

引退後のますみたんの消息ですが、1988年の某週刊誌上に彼女の近況に関する記事が見えます。
それによると、OLからスタイリストに転職後、サラリーマンと結婚して専業主婦に。一児の母となりますが、後に離婚、再び会社勤めをしながら一人娘を育てている、とのことで、すっかり母親の表情になったますみたんの写真も、掲載されていました。
「母は強し」といったところでしょうか。

その記事にはますみたんが引退した理由も書いてありましたが、「異常性愛路線」映画出演やヌードになったことで妙なレッテル(オナペット。そういえば、こんな言葉ありましたねえ)を貼られてしまったことや、映画界での人間関係のゴタゴタ、年齢的に限界を感じたこと(そんなお年じゃなかったと思いますが)等々、もろもろのことが重なって引退を決意したのだそうです。

1988年当時、娘さんが小学校1年生だったといいますから、今(2004年)では20代前半。立派に一人立ちなさったことでしょう。

平凡な一ファンであるわたくしとしては、ただただ現在も平穏な生活を送っておられることを願いつつ、彼女のおしごと(作品)を語り継いでいきたいと思っております。

付記:
1、上記のプロフィールは、1968年4月1日付『読売新聞』タレント欄及び『日本映画人名辞典 女優編 下』(キネマ旬報社)によるものですが、ますみたんの出身地に関して、『週刊平凡』1968年4月3日号には「実家は京都市で喫茶店を営んでいる」とあり、また、東映の入社時期に関しても、当時の報道では「1967年入社」となっています。
2、昨日取り上げた『東映ピンキー・バイオレンス浪漫アルバム』、レアな写真が満載なのですが、ひとつとても残念だったのが、『温泉あんま芸者』の項で英美枝の写真に「千代」(ますみたんの役名)というキャプションを付けていたこと。よく見て下さいよ。
by sen1818 | 2004-04-08 21:40 | 橘ますみ