人気ブログランキング | 話題のタグを見る

異常性愛記録 ハレンチ

1969年、東映京都。石井輝男監督。橘ますみ、若杉英二、吉田輝雄主演。

石井輝男監督による5本目の「異常性愛路線」映画ですが、CS放映はおろか再映すらされない、いわば「幻の作品」
『石井輝男映画魂』(1992年、ワイズ出版)の著者・福間健二氏は、本作に関して、

京都に滞在して仕事をするようになった石井輝男監督がそこで出会った人々の中に、橘ますみの演じたヒロインのモデルがいた。天尾完次プロデューサーによれば、次から次に作品を送り出すきつい日程の中で、そのモデルとなった人の「手記」を手に入れた石井監督がそれをもとに映画の構想を立て、一気に企画を通してしまったということである。実在のモデルがいて、そこから虚構性のつよくない現代風俗を舞台にして男女間のドラマを描いた点で、石井映画の中ではかなり例外的な作品となっている。
(「石井輝男研究 5」より 『鷽』第19号所収、1998年、鷽発行所)

と分析しており、1969年2月の公開時に本作を鑑賞した秋本鉄次氏は、

「異常性愛記録・ハレンチ」は、好き嫌いはともかく、これぞ刺激路線というべきエグさだった。ますみチャンを愛人にしている社長役の若杉英二が、女装、便器のぞきなどハレンチの限りをつくし、ますみチャンをいたぶり、陵辱するのだ。なんちゅうことをするんじゃ、と思いつつも、ワシも仲間に入れて欲しいもう一人の自分がおぞましいやら、いとおしいやら。その自分のアンビバレンツの中央にわが被虐のヒロイン、ますみチャン。(以下略)
(「東映刺激路線の淫夢ふたたび! 東映PV映画史」より 『東映ピンキーバイオレンス浪漫アルバム』所収、1999年、徳間書店)

と記しています。

今回、幸いにもシナリオ(『鷽』第19号所収)を読むことができましたので、これに『石井輝男映画魂』、『東映ピンキーバイオレンス浪漫アルバム』等を併せて参考にしつつ、この幻の作品を少しくわしくご紹介してみようと思います。

おおまかなストーリーは、例によって「キネ旬データベース」をご参照いただくとして、本作における橘ますみたんの役どころは、京都木屋町のバー「ノン」のママ・典子。
ひどく酒に酔った晩、介抱するふりをして付き添ってきた妻子ある男・深畑(若杉英二)に無理やり犯されて以来、ずるずると関係を続けています。
深畑は、染物会社社長という地位も名誉もある男ながら、ストーカーの癖があり、何かといえば典子の行動を監視・拘束、気に入らないことがあると暴力をふるい、絶えず典子の身体を求めては、サディスティックな快楽を貪っていました。
おまけに自分にとって都合の悪いことが起きると途端に知らん振り、典子が深畑の子を身ごもって中絶手術を受けた時にも、なじみの芸者と遊び呆けていました。
典子はこんな歪んだ関係を清算したいと常々思っているものの、別れを切り出すたびに深畑が「典子と結婚するから」と言って泣きながら許しを乞うため離れることが出来ず、共依存の状態に陥っていたのでした。

そんなとき、典子の前に現われたのがデザイナーの吉岡(吉田輝雄)。
互いに魅かれあった二人は湖畔のホテルで結ばれ、典子は吉岡の許に身を寄せますが、やがて深畑にそのことがばれてしまい、

「男は殺したる。典子には顔に硫酸や」

と脅されます。
仕方なく、吉岡と別れることを決意した典子は、置手紙を残して吉岡のアパートを後にします。

アパートを出た典子が放心状態のまま歩いていると、深畑がナイフをちらつかせながら、典子に襲いかかってきました。
深畑が嫌がる典子を同道して吉岡のアパートに来ると、気配に気づいた吉岡は部屋を飛び出し、典子を救おうとします。
深畑はなおも二人に挑みかかりますが、そのとき折からの雷雨に伴う雷が深畑のナイフに落ちて、深畑は手すりから落下、大やけどを負うのでした・・・・。

さて、シナリオを一読して思ったのは、「よく(こんな役を)やったなあ」ということ。
「全編これ犯されっぱなし」と言っても、過言ではありません。
今だったら、「体当たりの演技!」なんて書かれるのかも知れませんが、あの時代ですから、そんな評価は望むべくもなく・・・・。

『石井輝男映画魂』にスチール写真のある「浴槽漬け場面」(洋服のまま、浴槽に全身を沈められる)は、映画の冒頭、常連客で典子の相談相手である寺内(小池朝雄)が彼女をアパートまで送って行こうとしたことに深畑が嫉妬(なぜか物陰に潜んでじっと監視しているのです)、典子に制裁を加えるという形で登場します。
(制裁を加えるために)わざわざアパートの室内で電気もつけずに待ち伏せしている辺りが、ストーカーのストーカーたる所以ですね。

そしてこれも有名(?)な「トイレ覗き場面」ですが、吉岡と一緒に暮らすようになった典子のところへ、店のホステス・朱美(尾花ミキたん)が「(典子の留守中の)部屋からガスの匂いがする」と伝えにきたので確認のために戻ると、やはり待ち伏せしていた深畑が忍び込んできて強引にトイレの中の典子を覗こうとする、という設定になっていました。
しかもこの深畑、覗くだけでなく覗かれるのも大好きで、自分が用足ししているところを典子に見せようとしたり、他人に覗かれるような形で典子とセックスをしたりします。

もっとすごいのが、深畑にはバイセクシャルの傾向まであり、そちら(ゲイ)の方ではマゾ役なんかもしちゃうこと。
妻子ある普通のおっさんなんだけど実は若い男が好き、という人は、私の身近にもいましたが、一人の人間にこれだけ多様な性嗜好があるなんて、ちょっと驚きです。
なにせ、実話が元ですからね・・・・。

ただ、ちょっと残念だなと思うのが、深畑の相手をするゲイボーイ役(由紀)が、当初予定されていたカルーセル麻紀ではなく、青山ジミーだったらしいこと(スチール写真及び『東映ピンキーバイオレンス浪漫アルバム』による)。
写真で見る限り、痩せてガリガリの青山ジミーよりも、美人(?)のカルーセル麻紀の方が、もっと官能性があったのではないかと。

シナリオ中、薄気味悪いけどつい笑ってしまったのが、深畑が典子の前に現われるとき必ず口にする、

「しあわせ?」

という台詞。
他にも、「一人ぼっちなんだよん」だの「ケロリン(意味不明だけど笑えます)」だのといった幼児性剥き出し(絶対おしめプレイとか好きだな、こいつ)の台詞がてんこ盛りで、付きまとわれる側から見れば迷惑千万かも知れないけれど、端で見ている分には楽しめる(?)仕掛けが満載です。

また、石井作品名物(?)の強引な笑いも、店のホステス・春子(三笠れい子たん)が客の隆とセックスする場面で、行為に夢中になった隆のカツラが取れてしまうというベタなギャグが用意されていました。

ラスト、「キネ旬データベース」にあるあらすじでは吉岡が外国へ行くことになっており、シナリオにも空港から旅立つ場面がありましたが、その部分は監督によってそっくり消されていました。
同時代評(佐藤重臣氏「石井輝男論」、『映画評論』1970年5月号所収)によると、ラストは「雷が飛び出しナイフに落ちて、手すりから落ちた若杉英二の顔が二目とみられない焼けどの顔になってしまう」となっており、これでそのまま終わりなのか、まだ少し続きがあるのかが、ちょっとよくわかりません。
ぜひ実際の作品を観てみたいものです。

というわけで、ざざっと駆け足でご紹介してきましたが、福間氏が言うように石井監督作品の中でも例外的な作品であるだけでなく、「ストーカー」や「ドメスティック・バイオレンス」といった言葉も概念もなかった時代に、その種のテーマをいち早く扱った異色作としても、本作は貴重な映画だと思います。
いつかどこかで再映されることを、切に望みます。

とりあえず、「東映チャンネル」リクエストでも出すか・・・・。
by sen1818 | 2004-06-10 23:38 | 橘ますみ

貯まるかな? (管理人名:せんきち)


by sen1818