気分はもうストーカー

わたくしの「憩いのオアシス」、国会図書館に行ってきました。
ここんとこ、なかなか行く時間がなかったので、久方ぶりにする、趣味のお調べ物でした。

今回は、橘ますみたんに関する当時の報道を、ちょこっと調べてみました。
石井輝男監督のインタビューなんかにも、彼女のことが断片的に出てきますが、あくまでも監督中心のコメントですし、個人の記憶というものは(わたくしもふくめて)、往々にして無意識のうちに自分の都合のいいように再構成されてしまう性質があるので、それを補うためにも、リアルタイムの資料を調査するのがとても重要なことだと、わたくしは考えています。
もちろん、「記憶違い」なんていう単純なミスも発生しますしね。

例えば、『東映ピンキーバイオレンス浪漫アルバム』中の石井監督インタビューには、『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年)に出てくる長崎の街の猥雑な雰囲気に関して、

・・・・あれは僕の想像でセットを作ったんですけど、後である映画のロケで香港の裏通りや九龍城に行ったら「ああ、実際にあったのか!」っていう感じで。

との、監督のコメントが出てきますが、これは監督の記憶違いで、実際には『東京ギャング対香港ギャング』『ならず者』(共に1964年。『ならず者』は、わたくしの大好きな映画です)、『神火101 殺しの用心棒』(1966年)で既に香港ロケを行っています。
このあたり、注か何かを入れて補足してあればよいのですが、まるっきりそのまんま載っていました。残念です。

話が少し横道にそれてしまいました。本題に戻りましょう。

時間がなかったので(午後5時きっかりに閉館。平日だと、手続きをすれば7時までいられるのですが、土曜日はダメ)、大量調査はできなかったのですが、それでも、『スポーツニッポン〔大阪版〕』のマイクロフィルムや『京都新聞』縮刷版なんかで、ますみたん売り出し当時の状況を知ることが出来ました。
これから、おいおい調査を進めることにします。

なんだか、「調査」に名を借りたストーカー行為をしているみたいですが。

この他、異常性愛路線映画に対して巻き起こった糾弾の嵐がどんなもんだったのかを知るべく、1969年3月~7月にかけての新聞・雑誌記事を調査しましたが、朝日新聞が新聞紙面のみならず、『朝日ジャーナル』や『週刊朝日』まで動員して、反対派のお先棒を担いで張切っているのが印象的でした(今に至るまで変わっていないな、朝日の体質は)。
当時は「体制(経営者〔資本家〕側)=悪」、「反体制(労働者側)=善」という二項対立が大手を振って罷り通っていた時代ですから、その図式でいくと、石井監督は体制におもねる大罪人ということになるわけですね。わかりやすいな。紅衛兵の吊るし上げみたいだ。

しかし、エログロ追放を叫ぶ人たちの中で、じっさいに作品を観ていた人は、ほとんどいなかったんじゃないかと思います。
映画を観ればわかるけど、あれはエログロでも、ピンクでも、ハレンチでもないです。はっきり言って、ほとんど狂ってます。

それにしても、「助監督のほとんどが異常性愛路線を進める石井監督と口をきかなくなった」だの、「声明に参加した荒井美三雄氏は、監督に昇進した。しかも、その第一作は「温泉ポン引女中」という裸女優がぞろぞろ出る作品。他の助監督たちは「声明の趣旨に反する」と、恒例の昇任祝いへの出席を一斉に止めてしまった」だの、これじゃあ衆を頼んでするいじめとなんら変わりないじゃん。
しかも、例の二項対立でいけば、当然、「哀れな労働者」になるはずの若い女優さんたちのことを「裸女優」と軽蔑視して平気でいる、その無神経さもすごいね。

はるか昔の出来事ながら、「あ~あ、困ったもんだ」と思いつつ、家路についたことでしたよ、あたしゃ。

付記:この時期の『朝ジャ』なんか、文化大革命礼賛の記事ばっかりだしな。今こそ、総括!
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by sen1818 | 2004-05-02 14:00 | しようもない日常